相談
今年はどのような本を読めばいいのだろう?そんな疑問をもった僕は、ある友人を通じて、すこし変わった職業の女性と連絡をとった。
すいません、こんなところにわざわざお呼び立てして。僕は彼女に椅子をすすめながらいった。
ずいぶん雰囲気のあるカフェなんですね。と彼女は店内を見回しながらいった。
店内は白熱灯の明かりにてらされ、JBLのスピーカーからはチックコリアとゲイリーバートンの演奏が流れていた。ちょうどランチの時間だったので混みあっていた。あるテーブルにはコーヒーを飲みながら話している人がいて、別のテーブルにはパスタを食べながら話している人がいた。トマトソースのパスタとクリームソースのパスタ、たぶんそれが今日のランチメニューなんだろうと僕はおもった。
今日ご相談に乗っていただきたいのは、本のことです。
僕は突然話をきりだした。そういうと、彼女はほほえんだ。そんなことはわかっている、本の相談以外にどんな話を私とするの?というふうに。
本の話、その前に…。そういうと、彼女は少し間をとった。まるで、これから重要な話をはじめますと宣言するように。
彼女:まずはじめにお話しておきたいことがあるんです。わかってほしいのは、私が力になれることもあれば、力になれないこともあるってこと。あなたとの会話のなかで、あなたを導いてあげれることもあるし、あげれないこともあるってこと。私だって万能じゃないし、もちろん、期待はしてほしいけど、過度の期待はダメってこと。これはわかってもらえるかしら?
僕:ええ、大丈夫だとおもいます。僕としては話を聞いていただけるだけでも、なんというか、頭で考えていることが整理できていいかな、という気持ちで紹介していただいたので。もちろん、予想もしないすばらしい結果になればいいのですが。うまくいっても行かなくても、その大半は僕のせいだろう、と気軽に考えるんでどうか気になさらないでください。
彼女:ありがとう。私にできることは、基本的にはあなたの中にあるものをひきだして足場をつくるだけ。その足場を登っていけるか登っていけないかはあなた次第だということ。わたし出来ない約束をするのは嫌なのね。だから前もって確認しておきたかったの。
それにもう一つ、できれば、もう少しくだけた感じでお話しません?お互いそちらのほうがリラックスできるし、率直に話あった方がいいアイディアがでると思いません?丁寧な言葉もいいけど、親しみを感じさせてくれたほうが私は嬉しいわ。プレゼントだって相手に望まれてこそプレゼントになるでしょ?
僕:それもそうですね。でも、少し緊張してしまって。知らない人と話すのってわりと苦手なんです。でも、やってみます。うまくいくかわからないけど。
彼女:気楽にやりましょう。これ自体が楽しみのひとつ、くらいにおもわないと損よ。
じゃあ、そろそろ、はじめていいかしら。
本について相談したいことってどんなことなのか聞かせてもらえる?
僕:本について相談したいこと。えーと、今年はどんな本を読めばいいのかってことを考えてたんですね。でも、うまくつかめないんです。というのも去年、僕はけっこうたくさんの本を読んだんですね。
彼女:どれくらい?
僕:いちおう記録につけてたんですけど、あ、まだ固いですね、なんだか
意識するとくだけた感じでしゃべれないや、えっと、本ですね、
記録してある分では120冊くらいだったんだけど、たぶん書き漏れもあるから150冊くらいは読んだと思うんです。
彼女:150冊ってことは1ヶ月13冊くらいってことね。1週間に3冊くらい。
いつもそれくらい本を読むの?
僕:いえ、そんなに読んだのは去年がはじめてでした。前から本は好きだったんですけど…好きだったんだけど、去年はあんまりいろんなことをがんばるのをやめて、好きなように時間を使おうとおもってやってたんです。
まあ、気の向くままにやってみようとおもって。それで図書館で本を借りてきて空いている時間を使って、どんどん読んでいったんですね。
彼女:でも気の向くままに、といっても本をたくさん読むってことは決めてたわけでしょ?だからそんなに読んだんじゃない?
僕:そうですね、スティーブン・キングっているじゃないですか。ミザリーとかショーシャンクとかグリーンマイルとか書いた。彼が小説の書き方について話している本があるんですけど、その本の中で、彼は年間70冊から80冊本を読む、と書いてあったんですね。だから、それを読んだとき、単純に自分がどれくらい本を読んでいるのだろう?読めるのだろう?ということに興味を持ったんです。
最初の1ヶ月は5・6冊読むのが精一杯だったんですけど、それでも借りれるぎりぎりまで毎月借り続けたんです。そのうち読む、処理能力の方が発達するんじゃないか?とおもって(笑)そしたら本当に1ヶ月10冊くらい平気で読めるようになってしまったという。
でも、本を読むこと自体が、そんなにすばらしい行為だとか、誇れることだとか、そういう風におもっているわけじゃないんです。べつに何冊読もうがえらいわけじゃないだろうし、150冊読もうが10冊だろうが300冊だろうが別に何冊だっていいんです。何冊読もうが、所詮は本を読んで得られる情報量なんて知れていると思うんですね。これは実際たくさん読んでみたからわかるんだけど。
知らない情報を得るっていうことでいえば、テレビとかの方がずっと能率がいいとおもうんですね。情報の鮮度だっていいわけだし。本って一番鮮度がないメディアじゃないですか。
彼女:じゃあ、どうして本を読み続けたわけ?
僕:それは、本っていう媒体が、なんというか親密なかんじにおもえるからなんです。うまくいえないけど、テレビとかってパーティーで知り合ってその場では盛り上がっているけど、別に深い話はできないよな、という種類の友人のようにおもえるんです。
それに対して本は、なんだろな、自分の興味があること、べつに一般受けしないようなことでも、話し合える親しい存在だと感じれるんです。
あの、サリンジャーの本なんでしたっけ?有名な…
ああ、"ライ麦畑で捕まえて"。あの中でホールデンくんでしたっけ?主人公。彼は「いい小説とは、読んだ後に作者に電話をかけたくなるような小説をいうんだ」なんていことをいうじゃないですか。あの感覚すごく分かるんです。本を読んで納得したときっていうのは、すごく自分の深いところに作者の声が届いたような気持ちになる。その作者となにかを共有しているという確信が得れる気がするんですよね。文章にはそういう効果があるんじゃないかな、とおもうんです。おだやかな親和性のようなものが。
彼女:それじゃあ、その親和性のようなものを得るために本を読んでいるってことになるのかしら?
僕:ある意味では、そうだと思います。
彼女:親和性のほかに、本に対して求めていることはないの?
僕:親和性の他?えーと役立つ情報とかってことですか?
彼女:それもいいとおもうわ。
僕:役立つ情報、知らないことを知れること、あとなんだろう…
彼女:まあ、それじゃあ、去年読んだ本の中で役立つ情報だと思った本ってどんな本かしら。
僕:役立つ情報って考えちゃうと、なにが役立って役立たないかわからないので、面白いと感じた本とかでもいいですか?
彼女:いいわよ。
僕:それなら、えーと、一応リストを作ってきたんです。
■小説部門:海辺のカフカ・what we talk about when we talk about love・ライ麦畑で捕まえて
■伝記:タイタン・スティング・クインシージョーンズ・終わりなき闇
■ビジネス:コーチングセンスが身につくスキル・
■生活・家具・デザイン:近代椅子学事始
■考え方:それは情報ではない・定跡からビジョンへ
その他:少年カフカ・翻訳教室・翻訳夜話・若い読者のための短編小説案内・クリエイティヴ脚本術・企画の教科書・イラスト手習い帖
こんな感じでしょうか。
彼女:大体系統がわかっているのね。これだけ分かっていたら、
自分の好みも把握できるんじゃない?自分で分かっている好み、自分が面白いと思うものってどんな本?
僕:自分で気付いているのは、えーと、村上春樹関係(小説・エッセイ・対談・インタビュー・訳本・彼が影響を受けた作家)がまず好きだっていうのはあるんです。
あとは、去年気付いたんですけど、自伝や伝記は結構面白いんですよね。
とくにミュージシャンの伝記にはずれはない感じがしました。チェット・ベイカーの自伝、終わりなき闇は、ドラッグのことばかりだったんで、ほんとうにまいったんだけど、それでもおもしろかった。
あとはなんだろう?デザイン関係の本、去年は家具にこりだした年だったので、椅子の歴史を調べたりするのは楽しかったし、
あとは、著名な小説家が小説について書いている文章も面白いですね。マジックの種明かしみたいなかんじで。
彼女:じゃあ、まとめてみると、
1:村上春樹関係・2:ミュージシャンとその他の伝記・3:デザイン関係・4:小説家の考えを知ることが出来る本、ということね。
あなたがさっきみせてくれたリストにある、「考え方」と「その他」に入れた本はどんな本?どうしてそれを入れたの?
僕:それは情報ではない、はリチャード・ワーマンという人の本なんですね。この人は僕がもっとも尊敬する12人に入れてもいいと思った人です。
自分の好奇心に対する態度がすばらしいし、博識でおごることなく、遊び心があって、しかも圧倒的な専門性をもっている。この人の場合は情報を作るということに関してものすごく能力が高い。だから、この本を読んでよかったなーと思ったんです。
彼女:「その他」の方はどう?
僕:少年カフカ・翻訳教室・翻訳夜話・若い読者のための短編小説案内・
は、これも村上春樹系ですね。よく考えてみると。なんなら、「村上春樹」というフォルダを作ったほうがいいかもしれないくらい(笑)
彼女:あとの3冊は?脚本術・企画・イラスト。
僕:これはなんというんだろう?物語がどう展開していくのか、企画を考えるときの作業、というのに興味があったんですね。あと自分のイメージを取り出すのに絵がかけたらいいな、とおもったんでイラストの本も面白かった。実際には全然描けないけど。
彼女:じゃあ、やりたいことを考えてみると、
イメージを取り出したい、それを人に伝えたい、伝える方法として書くでも描くでも、なんでもいい、ということ?
僕:まあ、どうなんだろう?それはあんまり意識して考えたことはないけど、まあなんでもいいですね。考えていることが共有できるなら、一番上手くいきそうな方法でできたらいいんじゃないか、とおもいます。
(つづく)